コラム

■早いものですよねぇ・・・

1年はほんとうに早いもので、開校2期生の受験がそこまで迫ってきました。本日で受験生の受験指導面談から始まる一連の受験校確定業務がすべて完了し、あとは残り2ヶ月、第一志望合格を目指して得点力を磨くことに全力を尽くしていくことになります。

例年のこととはいえ、この業務の完了によって私にとってたいへん不快な期間が終わり、ほっと一息つけるのがいいですね。不快の理由は子供や保護者のみなさんに因るものではありません。

うちの面談を受けて直後に行われる学校の面談内容にイライラが募っちゃうんですよね。学力的にもMARCHの付属が鉄板の滑り止めになっているような子に怪しげな高校の併願優遇を強く勧められたりするのはまだいいんですよ。私の場合はそんなのには慣れていますし、もう免疫ができちゃってますからね。内申で推薦基準を満たしているのに、一般入試で受験する子がいましてね。学校の先生から「そんなのはお前ひとりだけだ!」なんて詰められたりとか・・・もう少し子供たちの力を信用してもらいたいものですよね。要は、「あるべき受験と進学」に向けて何とか踏ん張っている受験生や保護者のみなさんの不安を煽られちゃうのが一番イヤですね。

「そんな高いレベルの学校ばかりじゃ、お前は絶対にどこも受からないぞ」、「そんな受験校を出してくるなら出願書類を書かない」とか「私は3校以上の出願は認めない」なんていうセンセイは一時期に比べて少なくはなりましたが、それでも似たようなのはまだ一定数はいますからね。加えて学校のセンセイ、最近では勉強不足が目立ちます。「併願」という言葉の理解が曖昧で、かなり危ない場面に遭遇しちゃいます。一言で「併願」といっても、最近ではその内容は様々ですからね。

内申点が入試における合否基準の一部を担うかぎりにおいて、このイライラは続くのでしょうが、私立の併願優遇(加点)における学校間格差は何とかしてもらいたいものです。受験生の側は大きな不公平感を抱きます。全く同じ条件の受験生でもM中学では受験生本位の対応をしていただけましたが、H中学では・・・残念ながら典型的な「お役所仕事」といったところでしたね。この時期に学校さんとゴタゴタするのは受験生本人がかわいそうですし、「滑り止めにそこまでこだわる必要もないか」とも思いましてね、受験校を変更したりもしました。

私、何度でも繰り返しますが、内申が「人が人を評価して付けた評定」である限り、公正さを十分に担保しうることはまず不可能です。そこに入学試験やその後の進路といった利害が絡んでくるから、ほんとうに生臭い話ですよ。「やれやれ・・・」といったところです。

一方で受験生以外に目を向ければ、冬期講習から新たにPEGで勉強を立ち上げる新入生や2月からの新年度生の入塾が4人、5人と続き、少々あわただしくなってきたようにも思います。この子たちの受講開始にあわせた事前の準備も受験生同様に十分な対応を行っていかなければなりませんからね。

そんなこんなで今年もあと2週間、やはり師走は・・・その名のとおりといったところです。

Takahide Kita

■「キラキラネーム」で個性を表現する?

まずは、他とは違うことをする。大いに結構なことだとは思います。しかし、ヒトの名前に個性を感じることは・・・私の場合はありませんね。

グローバル時代に通用する名前を子供につける、いいことだとは思いますよ。しかしながら、日本人で最も世界的に知られた名前が「鈴木一朗」さんですからね。

なにも、「ピーチ」や「ライチ」にしなくてもね・・・(ともに実在の名前で、しかも男の子!)。こういったのをあて字で漢字にされちゃうとほぼ読めないですしね。いくら子供といっても、ヒト様の名前を間違って読むのは失礼にあたりますから、こっちのほうが気を遣っちゃいます。

私の場合、人様の名前は結構大事にするほうだと思っています。お預かりした子供たちの中でも初めて目にする名前や珍しい読み方に出会った際には、保護者の方と面談する機会などに、その名の由来やその名を付けられたご家族の思いや願いなどを必ず伺いますね。「なるほどねぇ・・・」と納得させられ、時には感動するようなこともあります。そういった「思い」も含めて、その子をお預かりすることなども大切にしているつもりです。

「キラキラさん」たち、名前はアクセサリーや衣装と違ってそう簡単には変更できませんから、大人になってからが大変なんじゃないかな。仕事に就くときには会社に履歴書出して、面接受けますよね。さらに年を重ねて、50才過ぎたら病院にも通いますよね。病院の呼び出しで、「松本さーん、松本ピーチさん!」なんてやられちゃうわけでしょ。そこで立ち上がって受付に向かう方が60才を越えたおじいちゃんなんてシーンを想像してみてくださいよ、笑えないですよね。私がその場にいたら、呆気にとられて口をあけたまま固まっちゃいます。

「今でしょ!」の林先生がいわゆるキラキラネームに対してひとつのコメントを出されたことがありましたが、結構な反響でしたね。「模擬試験の成績を上位から見ていくと、ある水準から下になると、生徒の名前がだんだん読めなくなってくる」といった内容でした。

これに対して、差別やいじめにつながるといった批判もありましたが、そもそも差別というのは人種や出身、門地などその個人や家族にはどうしようもない事由によって他と区別されたり不利益を被るといったことでしょう。そんなこと言ったら、学力テストの地域間格差を示すデータなんかも公表できなくなっちゃいますよね。ましてや、「いじめの対象になる」などと騒ぐ必要はないでしょう。私の出身の関西では希少な苗字なんかも結構ありましたし、そういった子たちはその苗字で遊ばれたり、からかわれたりしますよ。私なんかも小学生の時には、ちょくちょくやられました。「毒島」と書いて「ブスジマ」と読む苗字なんかもありましたね。女の子で、周りの友達から「ブス」と呼ばれてましたが結構勉強もできましたし、そもそも器量はかなり良かったですよ。何より性格が明るい子でしたね。

ちなみに、私も模試の判定基準作成などにかかわった経験から言わせていただければ、残念ながら林先生のおっしゃっていることは事実だと思いますけどね。少なくとも、そういった傾向は私の目にも認められましたね。この点の分析や理由付けは何年か先の教育評論家なり社会学者のみなさんにお任せしたほうがいいでしょうね。

まあ、キラキラネームを付けた保護者の方は、その子の将来、10年先、30年先、そして50年先までしっかりと考えられて、あえてそうされたわけでしょうから、まあ私たちが懸念するような様々なことは覚悟の上なんでしょう。もし、そうでなかったら、とんでもない話になっちゃいますよね。

それにしても、名前で個性を表現するという発想・・・やっぱり私には理解できんなあ。

Takahide Kita