コラム

■「正しいこと」を「正しく」行う

「正しく行う」と「正しいことを行う」は全く違いますよね。最近、ほんとうにこのことの違いを考える機会が多くなりました。

多くの人は自分が信じることや上司に指示されたことを日々、正しく行っていますが、それが正しいことを行っているのかどうかはまた違った話になりますよね。定められたマニュアルどおりに業務を正しく遂行しても、上手くいかないケースって結構あります。

以前に「ゼークトの4類型」についてこのコラムで取り上げましたが、「間違ったことを正しく行う」ことは自分自身のみならず、周りも巻き込んで残念な結果を招く危険がほんとうに大きいと思います。

そこで、正しいことを正しく行おうとするとき、いつも頭を悩まされる問題が、対象者や対象物(個体)と時間の問題です。Aさんに対しては正しいことであったとしても、Bさんに対しては正しくなかったり、昨日までは正しかったことが、今日は必ずしも正しいとはいえなかったりしますからね。

私も含めて多くの人は、そこまでの経験や成功体験などによって自分の中に「ものさし」を作って、その基準をもって周りの人や物を測り、その手法を相手に押し付けがちです。そして、その「ものさし」はしばしば硬直したものであり、柔軟性を欠くことが多いように思います。

私たちの身のまわりでも、「○○中学には、前にA君が合格できたんだから、今年のB君はまず受かるでしょう。」とか、「△△高等学院は英語ができれば、数学なんか30点もあれば大丈夫!」なんて平気で語っちゃうような人、結構いるんですよね。

私、よくスタッフや、保護者のみなさんに言いますよ。「それは去年の○○中学の話しでしょ。今年は受験する生徒も違うし、入試問題も違う!」

今年も夏が過ぎ、一人ひとりの受験生に対して、「正しいことを正しく行う」ことが求められる季節になってきました。

Takahide Kita

■意識がそこになければ、つかめるものもつかめない

「自分には運がない、チャンスがめぐってこないよなあ・・・」ってしばしば耳にするフレーズですよね。

私は、チャンスなんてものは皆に等しくめぐって来るものだと思っています。ただ、そこに意識がないような場合は、自分が今「好機」にあることにすら気がつかないですよね。なによりチャンスが訪れたときに備えて、それを掴み取るための準備を怠らなければさらに成功への確率を上げていくことができるでしょ。

日本人には結構ファンが多い「三国志演義」でも有名な司馬懿(仲達)は、宮廷クーデターにより魏の全権を掌握し、西晋建国の礎を築いたときにこんな言葉を言い放ったと伝えられています。「私は剣を抜いたことは一度しかないが、何十年もの間、剣を磨くことは決して怠らなかった!」

言ってくれますよねぇ、ゾッとするくらい格好いいですよねぇ。

私自身にはもうこの先、剣を抜くような機会はおそらくないでしょうが、仕事柄、子供たちにはそれぞれがチャンスを掴み取るための剣の磨き方を伝えていかなければなりません。

私、合格可能性を尋ねられた際に「問題の出方ひとつ」といった言い方をよくしますが、これって誰に対しても適当に言っているわけじゃあないんですよ。内申点がオール3なくても、偏差値で10や20足りていなくても、そのレベルに特化した指導を受けてきた場合は合格の可能性が残されていますからね。そのために費やされた子供たちの準備は、まさにその勝負の瞬間に勝つため、しっかりと剣を磨いてきたということに他ならないでしょう。

昔、誰かから教えていただいたことがあります。日本中には作家志望という方が幾万とおられるそうですが、その中でその一年間に、たった一本でも原稿を書いたという方は十人に一人もいないということだそうです。「そうなったらいいなあ・・・」、「できたらいいなあ・・・」は単なる願望に過ぎませんからね。まず、そうはなりません。

今日から2学期の授業が始まります。受験生たちに、「怠ることなく剣を磨き上げる」ことを今日も伝授していきます。

Takahide Kita

【本日より、校内掲示を秋バージョンにしてみました】

aki