■私の「師」
私は学習塾で指導を始めてもう30年近くになりますが、この間にいろいろな塾講師のみなさんに出会ってきました。その中で三人、心から尊敬する先生がおられます。恩人と申し上げたほうがいいかもしれません。そのうちのお一人、今でも現役で生徒指導をしておられる先生が私の塾講師における師匠です。もちろん、師弟の杯を交わしたわけでもありませんから、私のほうが勝手にそう思わせていただいているに過ぎないんですけどね。
まだ駆け出しのころ、3年間ほどご一緒に仕事をさせていただきましたが、数学の指導はもとより受験指導において、まさに「神業」と言えるような場面を何度も見せていただきました。その頃の私は、早慶付属や開成に一人でも多くの合格者を輩出するためには何でもするようなかなり偏った考えの講師だったように思います。そんなしょうがない私に、とっても大事な魂のようなものを授けていただいたと感じています。
当時は、進学塾の講師なんてものは職人みたいなもんで、自分から能動的に成長しようとしなければ、誰も何も教えてくれません。最近流行の研修やらマニュアルなんてものは一切無かったですね。私も、先生の作られた教材なんかをゴミ箱から拾ってきて勉強させていただいたり、その日の授業終了後に教室の黒板を消して回っているようなふりをしながら先生の板書を拝見させていただいたりしたものです。
先生はいつも「どーも、どーも」が口癖で腰が低く、笑顔を絶やすことなくしておられました。私が知る多くの方々と違って、自分を大きく見せるようなところはなく、決して言い訳をせず、後知恵を偉そうに語るでもなく、そうしてここ一番では比類ない勝負強さを発揮する。
いつかきっとこの先生と勝負したい、そして勝ってみたいなんて考えながら、しゃにむに邁進していたような数年間もありましたね。入試で不合格の生徒を出した時なんかには、必ず先生のことを考えてしまいます。私じゃなくって、もし先生が指導されていたら、この子は合格できたのではないか・・・いつもそんな恐怖心が心の中にありますね。
もうそんなに多くはありませんが、私にもまだ成長できる時間が残されています。たとえ追いつき追い越すことは出来なくても、少しでも先生に近づけたらなんて、ぼんやり考えながら日々の生徒指導に励んでいます。決して先生の真似ではなく、あくまで自分らしいやり方で・・・。
Takahide Kita